メンバー/y-takata/白と黒のとびら
『白と黒のとびら ― オートマトンと形式言語をめぐる冒険』†
川添愛著，東京大学出版会(2013). http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-063357-4.html
予想以上によかった。脱帽，という感じ。
『数学ガール』はライトノベルを模した学術書で，こちらはハリーポッター風の児童文学を模した学術書，という雰囲気。魔法使いの弟子である主人公が，文字通り「オートマトンと形式言語をめぐる冒険」を経験する，というお話。上記URLにプロローグ & 第1章のPDFが公開されているので，それを読んでもらえば，「オートマトンと形式言語をめぐる冒険」とはどういう意味かわかってもらえるでしょう。文体も，堅すぎずクサすぎず，悪くない感じではなかろうか。
対象を「○と●からなる言語」に限る，というアイディアが実はすごいと思う。これが「0 と 1」や「a と b」では興ざめですわな。しかも何だか魔術的雰囲気があって，「なんでそんな文字列集合を考えねばならんのか?」という疑問を抱かせにくい気がする。「古代の『遺跡』（我々がオートマトンと呼ぶもの）は魔法的な力で動いていて，その仕組みはわからない」という設定も，「オートマトンは数学的モデルであって仕組みを考えるのは無意味で，それが表す言語こそが考察対象」ということをうまく読者に教えている（難しい言葉を使わずに読者を誘導している）ように思う。
「しかし有限オートマトンである『遺跡』の話だけで1冊持つのかね?」と思ってたら，プッシュダウンオートマトンは出てくるわ，反復補題は出てくるわ，オートマトンと文法の対応関係も出てくるわ，章が進むにつれてどんどんレベルが上がっていってびっくり。そして，偽クフ語（我々が文脈自由言語と呼ぶもの）の『詩』の解読から始まる一連の冒険は「なんと，そう話がつながるのか！」と驚くばかりで，そして「最後にはなんとその謎に到達するのか！！！」と，見事な展開にまったく脱帽というか，感動してしまった。
巻末には10ページほど，本文の各章と形式言語理論の対応についての「解説」があり，そういう気配りも抜かりない。
1章の最後の「『もう一つの部屋』がどこにあるか，突然『ひらめき』を得た」というエピソードについては，この後まったく言及されず，たぶんこの部分は「読者への挑戦」なのだと思われる。そういう遊びもニヤリとさせられる。
作者の意図は小さい前書きに少し書かれているだけで，どういう読者を狙っているのかはっきり書かれていない。オートマトンと形式言語の理論を聞いたこともない人についていけるのか? はよくわからない。一度習った人が復習として読むのには非常によいでしょう。この本が教科書でもいいんじゃない? というくらい内容は濃いし，物語に出てくる各現象を巻末の解説に頼らずに説明できれば，学部レベルの形式言語理論は十分理解していると言えると思う。