メンバー/y-takata/book
雑多な本の紹介†
「身近な人間がほめていると読みたくなる」てこと，ありますよね，という趣旨のページ。
『数学ガール』†
『白と黒のとびら』†
『働くことがイヤな人のための本』†
- 中島義道『働くことがイヤな人のための本』, 日経ビジネス人文庫, 日本経済新聞出版社, 2010.
タイトルを見て「何が書いてあるのか」と思って立ち読みして，そのまま買って帰った本。すごく勧めたいというわけでもないが，悪くないな，と思う。
「留年を繰り返しているうちに二十五歳を過ぎてしまった，社会に出たくない法学部生 A」をはじめとする架空の人物4名と著者が，「なぜ仕事をしなければならないか」について仮想的な問答をし合う，という内容。著者は元 大学教授である哲学者だが「実は自身もかつてAと同じ立場だった」「4人の登場人物はみな自分の分身」ということが前書きに書かれている。
一番感心したのは「なるほど，哲学者とはこういう風に物を考えるのか」というところなのだけど，本編中何度も繰り返し「安易な結論に納得するな」という警句が，冷静に述べられる。
私は，一生懸命生きれば人生に成功も失敗もない，という単細胞的きれいごとを言いたいのではない。それは完全な嘘である。一生懸命に生きても（いわゆる）失敗に足を絡まれる。のらくら生きても（いわゆる）成功は降ってくる。
多くの人はそう思いたくないばかりに，つい「成功した人はみんな大変な努力を重ねたのだ」と言ってしまうが，これは違う。これは，「ありとあらゆる世の中の理不尽を消してしまいたい」という願望から出た怠惰な言葉なのだ。
…
同じように，引きこもりの者がみんなどうしようもない落後者であるわけではない。といって，彼らがみんな純粋で正しいわけではない。私がとくに提言したいことは，怠惰な紋切り型の定式的な思考を警戒せよということだ。「納得したい！」という情緒に引きずられるなということだ。ものごとはひたすら細部を見なければならない。
――第1章「一生寝ているわけにはいかない」pp.51―55.
この調子で行ってどういう結論にたどりつくのか? は読んでみてのお楽しみ。自分にとっては「そう，そのとおりだ！」と思える結論，ではなかったけれども，一読の価値は十分あったと思う。この本は本来，社会に出るのがイヤな学生さんに「それでもこの理不尽な社会に出て，もがかなければならないのだよ」と諭すための本だと思うのだけど，その効果はどうなのだろうか。まぁ，社会に出るのがちょっと気楽になる，かも知れないとは思う。
『理科系の作文技術』†
- 木下是雄『理科系の作文技術』, 中公新書624, 中央公論新社, 1981.
自分が大学2年生くらいの頃に勧められて，でもそのときは読まなかった本（w 悪い学生であった）。改めて読むと，すごくよい本だけど。
個人的に一番印象的なのは序章の始まり方。
1 序章
1.1 チャーチルのメモ
1940年，壊滅の危機に瀕した英国の宰相の座についたウィンストン・チャーチルは，政府各部局の長に次のようなメモを送った。
――第1章「序章」p.2.
『理科系の作文技術』という題の本の書き出しがこれって，すごくないですか? 「何が始まったのか?」と思わせておいて，実はこのメモの内容が「理科系の作文」に求められる事柄とその必要性を明快に述べている，という*1。
書き出しが特に印象的だけど，中身はもっとよい。大事なことが非常に簡潔に，密度高く書かれている。どのページを抜き出しても「見事な切れ味！」と感心させられるのだけど，例えばこの辺り：
記述の順序
記述の順序に関しては，二つの面からの要求がある。
一つは，文章ぜんたいが論理的な順序にしたがって組み立てられていなければならないということだ。一つの文と次の文とがきちんと連結されていて，その流れをたどっていくと自然に結論に導かれるように書くのが理想である。
もう一つは，相手（読者）はまっさきに何を知りたがるか，情報をどういう順序にならべれば読者の期待にそえるか，ということに対する配慮だ。気短かな上司はまっさきに結論を知りたがるだろう。カメラの使用説明書は，新しいカメラを手にした人は最初にどんなことをしてみるかを調べた上で書かなければならない。
明快・簡潔な文章
…
簡潔な表現は，忙しい現代生活の要求にこたえるためだけに必要なのではない。チャーチルも言っているが，不要なことばは一語でも削ろうと努力するうちに，言いたいことが明確に浮き彫りになってくるのである。
――1.2節「この書物の目標」pp.8―9.
「この本の通り実践してくれたら，卒業論文に僕が訂正いれる必要なんてないじゃん」と思ってしまう。「この書き方ではわからん」と思うような例（少なくとも僕がそう気づく程度の例）はだいたい，この本のどこかに説明がある。
『レボリューション・イン・ザ・バレー』†
- A.Hertzfeld『レボリューション・イン・ザ・バレー』, 柴田文彦 訳, オライリー・ジャパン, 2005.
- (原著: Revolution in the Valley, Oreilly & Associates, 2004.)
Macintoshの開発秘話集である Folklore.org の 書籍版，の和訳版。
Steve Wozniakの感動的な序文も見どころの一つ（このときのWozの〆切破りでひやひやさせられた話があとがきにある）。
一冊の本にするつもりで集められたのではない断片的な逸話の集まりだ，ということを知らずに読むと面食らう。2〜3ページの断片的な章が並んでいるのだけど，章と章は話がつながっていないし，時系列通りでもないし，「読み進んでいくと次第に一つの主張が見えてくる」というわけでもない。字も小さいし「とにかく読みにくい！」と思ってしまうのだけど，この本はそういう断片集なのだと納得すれば，これはこれで，好きなところから，あるいはランダムに開いたところから読んでもいいし，好きなところでやめられるし，こういうのもアリかと思う。
彼ら自身の言葉や写真は，革新の規範が金ではなく，内面的な充足感によって導かれていた，あの希有な日々に私を連れ戻してくれる。
――序文 (Steve Wozniak)
Macintosh開発の主要メンバーによる，当時の日々の思い出語りなのだけど，一つの物語にまとめようとしていないところが却って，当時の熱気を伝えているような気がする。理路整然と計画され，設計され，製造されていったのではなく，むしろ正反対で，少人数の若者たちの情熱と勢いで作られていったのだな，という。
青春物語としても読めるし，技術の歴史の話としても読める。Macのデスクトップメタファーって基本的なことは初代から変わってない（し，Windowsもその他のウィンドウ環境の多くも基本は同じ）と思うのだけど，当然ながらそこに到達するまでには長い道のりがあったってこともわかる。MacPaint（初代に標準添付されていたペイントソフト）もすごい。画面写真見るとわかるけど「ユーザインタフェースは今のペイントソフトと同じじゃん」ていう。その昔，Photoshopを初めて触ったときに「アリの行進」を見て衝撃を受けたのだけど*2，これも実はMacPaintが起源で，それが着想されたときの話も載っている。
あと印象的なのは「現実歪曲空間」(Reality Distortion Field) ですかね（w 何のことかは，この本を読むか，Folklore.orgを参照）。
記事のほとんどはHertzfeldが書いているし，彼と対立する立場の人（上司や経営陣やLisaグループの人たち）の視点からの話はほぼ皆無なので，物足りなく感じたりアンバランスに感じたりする箇所もある。そこは，この本の成り立ち上しかたなく，ほかの本を当たるしかないのでしょう。
『計算機屋かく戦えり』†
- 遠藤諭『計算機屋かく戦えり』, 新装版, アスキー, 2005.
日本の計算機史に関わる人々へのインタビュー集。
これも序文がよいのですなぁ。
一九七〇年代，コンピュータは，しずかな唸りをあげながら動いていた。
当時のコンピュータの内容は，いまのコンピュータから見ればどうということのないものかもしれない。しかし，こと大型コンピュータに関していえば，小さなビルのワンフロアを占拠してしまう化け物のような機械だった。そしてそれは，まるで神聖な領域であるかのような，厳重にセキュリティー管理された部屋に鎮座していたものである。
… オペレータが呪文のような命令をコンソール端末から巨大なコンピュータに与えていくと，中央処理装置が前面パネルにたくさんのランプを明滅させながら，次々に計算処理をこなしていく。それは，古き良き時代のSF映画のワンシーンかと見まがうほどに非現実的だった。
――「はじめに」p.2.
FUJICとかFACOMとか4004とか，あるいはヘンミ計算尺とかタイガー計算器とか。カシオミニも出てくる。それぞれ十数ページにコンパクトにまとめられていて読みやすい。阪大真空管計算機とかTACとか，成功しなかったプロジェクトの話もある。